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2001年、国連安保理決議1368は、テロ行為を防止し抑止するための一層の努力をするよう国際社会に求めています。
日本が行っている給油活動は、この安保理決議に基づいた、不朽の自由作戦・海上阻止活動(OEF‐MIO)の後方支援にあたります。各国が行う麻薬密輸船、不審船の監視、そういった活動をしている艦艇への給油です。
石油を輸入するため、日本のタンカーはインド洋を通らざるを得ません。いわゆる中東からのシーレーンです。そのタンカーを守っているのも海自から補給された燃料で活動する多国籍軍なのです。タンカーが守られているからこそ我々の暮らしは安定し、快適に生活をできるのです。国際貢献活動がそのまま日本の安全も守っているのです。
国際社会がテロの根絶の為、一致団結しています。決してアメリカが勝手に始めた戦争ではありません。現在先進国でこの活動に参加していないのは、ロシアだけです。以前ロシアはアフガニスタンと戦争状態にあったからです。
今日本だけがテロとの戦いから逃げていいのでしょうか?
気温40℃、体感温度は70℃を超えるとも言われる甲板の上で必死に作業する自衛隊員の姿こそ真の国際貢献であると安倍前総理が先日述べられました。
さらに日本の補給艦には他に無い高度なろ過装置がついているそうです。これにより、純度の高い燃料でしか航行できないパキスタンの船は大いに助かっているそうです。
いま海自が撤退するとそういった事情からパキスタンも撤退せざるを得なくなります。キリスト教の国でない、日本、イスラム教国のパキスタンが参加していない、となると当然テロリスト達は、これは、宗教戦争である、ジハード(聖戦)であるといって、イスラム教徒に奮起を促します。そうすれば一層世界は混乱の道を辿らなくてはなりません。本当にそれが正しいことなんでしょうか?
小沢民主党党首は、安保理決議が絶対的な法基盤であるような発言を繰り返しています。当然、安保理決議によってもわが国の憲法に則り参加できない国際活動も多数あります。ISAF(国際治安保持支援部隊)の活動に協力するよう示唆したとの報道もありますが、海上活動には反対で、はるかに危険な陸上での活動に協力するとは一体どういう考えでしょうか?
決して外交問題を政争の具にしてはいけません。
日本が行っている給油活動は、この安保理決議に基づいた、不朽の自由作戦・海上阻止活動(OEF‐MIO)の後方支援にあたります。各国が行う麻薬密輸船、不審船の監視、そういった活動をしている艦艇への給油です。
石油を輸入するため、日本のタンカーはインド洋を通らざるを得ません。いわゆる中東からのシーレーンです。そのタンカーを守っているのも海自から補給された燃料で活動する多国籍軍なのです。タンカーが守られているからこそ我々の暮らしは安定し、快適に生活をできるのです。国際貢献活動がそのまま日本の安全も守っているのです。
国際社会がテロの根絶の為、一致団結しています。決してアメリカが勝手に始めた戦争ではありません。現在先進国でこの活動に参加していないのは、ロシアだけです。以前ロシアはアフガニスタンと戦争状態にあったからです。
今日本だけがテロとの戦いから逃げていいのでしょうか?
気温40℃、体感温度は70℃を超えるとも言われる甲板の上で必死に作業する自衛隊員の姿こそ真の国際貢献であると安倍前総理が先日述べられました。
さらに日本の補給艦には他に無い高度なろ過装置がついているそうです。これにより、純度の高い燃料でしか航行できないパキスタンの船は大いに助かっているそうです。
いま海自が撤退するとそういった事情からパキスタンも撤退せざるを得なくなります。キリスト教の国でない、日本、イスラム教国のパキスタンが参加していない、となると当然テロリスト達は、これは、宗教戦争である、ジハード(聖戦)であるといって、イスラム教徒に奮起を促します。そうすれば一層世界は混乱の道を辿らなくてはなりません。本当にそれが正しいことなんでしょうか?
小沢民主党党首は、安保理決議が絶対的な法基盤であるような発言を繰り返しています。当然、安保理決議によってもわが国の憲法に則り参加できない国際活動も多数あります。ISAF(国際治安保持支援部隊)の活動に協力するよう示唆したとの報道もありますが、海上活動には反対で、はるかに危険な陸上での活動に協力するとは一体どういう考えでしょうか?
決して外交問題を政争の具にしてはいけません。
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プロフィール
HN:
原田けんじ
年齢:
76
性別:
男性
誕生日:
1948/06/09
職業:
自民党衆議院議員
自己紹介:
■昭和23年6月9日 池田市に生まれる。
■大阪学芸大学付属池田小学校、同中学校、日大三高を経て、昭和47年、日本大学法学部政治経済学科卒業。高校時代は、応援団長として奮闘。
■昭和50年から父・原田 憲衆院議員の秘書として、政治の現場を学ぶ。
■平成7年、消防団活動や青少年指導員等のボランティア活動を経験し、地域に奉仕する精神のもと、大阪府議会議員に立候補、初当選。以後3期11年
■平成18年10月、関西復権、大阪新時代をスローガンに衆議院議員大阪9区補欠選挙当選。教育再生特別委員として半世紀ぶりに改正された教育基本法の成立に尽力
■衆議院 国土交通委員、財務金融委員、災害対策特別委員
■大阪学芸大学付属池田小学校、同中学校、日大三高を経て、昭和47年、日本大学法学部政治経済学科卒業。高校時代は、応援団長として奮闘。
■昭和50年から父・原田 憲衆院議員の秘書として、政治の現場を学ぶ。
■平成7年、消防団活動や青少年指導員等のボランティア活動を経験し、地域に奉仕する精神のもと、大阪府議会議員に立候補、初当選。以後3期11年
■平成18年10月、関西復権、大阪新時代をスローガンに衆議院議員大阪9区補欠選挙当選。教育再生特別委員として半世紀ぶりに改正された教育基本法の成立に尽力
■衆議院 国土交通委員、財務金融委員、災害対策特別委員